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2007年10月29日 (月)

10月28日(日)畔田を自然公園に!

昨日とうって変わって快晴! 青空! いい天気!

今日は私が10数年関わっている「有害ゴミゼロをめざす市民の会」がフォーラムを開催する。テーマは去年に引き続き、「下志津・畔田」。

73.8ヘクタールという広大な谷津田・山林に、佐倉市が自然公園を作ろうとしている。用地の約半分を佐倉市は約3億8,500万円という高値で購入。ところが下の図をご覧あれ。赤い部分が購入した土地で、青い部分が無償でもらった土地。で、その間に散らばっている白い部分は私有地なのである。↓

Azeta

私有地と入り乱れているこのような用地を「自然公園」として整備するのだから、大変なチカラワザがいる。

また、ナントカ公園といった人工的な公園ではなく、貴重な谷津田をそのまま残す本物の自然体験公園にしたいという市民も多い。

そこで、自然保護活動に長らく関わってきた3人の市民をパネリストに、「こんな自然公園にしたいなぁ」というフォーラムを今回ゴミゼロの会で企画したのである。

行政側にも参加してほしいと、市の公園緑地課にも頼み込み、参加してもらった。

例によってパワーポイントを使ったのであるが、よみがえるのは去年の「悪夢」。去年の今日も同じ場所でゴミゼロの会の学習会を開いたが、時間の関係で、観客の目の前でパワーポイントをセッティングしなければならず、しかも、付属コードがひとつない! ないったらない!もう進行はめちゃくちゃ。パワーポイントは写らず、スタッフのOさんはただうつろに走り回り、私は吐き気を催し、散々な舞台だった。

今年はそんなこともなく、無事にパワーポイントを写すことができた。ホッ。↓

Forum

3人のパネリストの方はそれぞれ持ち味を発揮。共通した意見として、公園を「親子で自然体験できる空間」「田んぼなどの農地」「自然をそのまま残し、人の出入りを規制する空間」などと、ゾーニングをしっかりとすること。今までにないタイプの公園になりそう。佐倉の誇りとなりうる公園にしたい、というSさんの言葉に深くうなずいた。

写真はこの夏、畔田をウォーキングしたときのもの。

Azetagawa

2007年10月28日 (日)

10月27日(土)雨にも負けず、風にも負けず・・・

今日は恒例の「志津公民館祭」。午前10時から午後1時まで、「せっけんの街」のお手伝いに、伊藤さんと出かける。季節はずれの台風が近づき、雨がかなり降っているので、外のテントではなく、公民館のエントランスの軒先を借りる。だけど風がみるみる強まり、雨がよこなぐり。私も伊藤さんも水もしたたる美女に変シーン! 寒さにふるえながら、めげずに、けなげに、「環境にやさしい廃食油から作った石鹸はいかがですか~♪」と愛嬌をふりまいた。

Sekkennomachi

しかし、テントでがんばっているサークルもいる。ご存知「おやじの食事学」の皆さん。定評ある腰の強い手打ちウドンは、寒さの中で魅力倍増。

Oyajinoshokutaku_2

突然、私たちのすぐ隣で「これからツジギリを始めます」と言うのでビックリ。伊藤さん、「えーっ、こんな狭いところで日本刀を振り回すのー!?」と悲鳴をあげた。

だが、心配ご無用。ツジギリと言っても「辻斬り」ではなく、「辻切り」。近くの井野部落に伝わるワラを使って作るヘビのこと。災い除けとして、家々の門口や樹に飾られる。これはまだ製作途中のもの。大きな口をあけたその中に、赤い舌がチロチロ・・・ その正体は赤唐辛子でした。↓

Bigtujikiri

皆さん、わき目もふらず製作中。

Tujikiri

館内では、いけばなや歴史サークル、絵手紙、手芸など、ところ狭しと「開店中」。

このあとさくらネットに行って、通信の最終読み合わせ。ああだ、こうだと文章の直しが相次ぎ、あっと言う間に夜7時。みんなお腹がペコペコで気がたってきた。そのとき、伊藤さんが昼間公民館で買ってきた「炊き込みご飯」を提供。しかし、2人分を8人で分けたのだから、かえって空腹感倍増。

2007年10月25日 (木)

10月21日(日)たまにはシャンソンを♪

平和運動などでよくご一緒する島あけみさんが、なんとシャンソン・コンサートを開くというのでビックリ。多才な人だとは思っていたが、シャンソンをやっているとは知らなかった。しかもコンサート!

こわいもの見たさ(島さん、ごめん!)と、たまにはこんな日曜日もいいではないか、と、日ごろの忙しさに辟易もしていた私は、心うきうき会場の回転木馬に。

デモのときとはうって変わってドレスアップした島さん。堂々の歌いっぷり。

Singer

マイクを持ったままの咳払いや、イヤリングを落としたりのハプニングもご愛嬌。仲間たちがハラハラと見守る中、ゆうこさんやマリさんら、素敵なゲストも参加して、なかなか味わい深いコンサートだった。ピアノ伴奏の久富ひろむさんが、とっても洒脱なナイス・ミドル。島さんをしっかりと支えていた。

ちょっと休憩↓

Simasanme

後半ゲストのハーモニカおじさん。大きな金色の箱にハーモニカが収まっているので、そこからハーモニカを取り出すのかと思ったら、いきなり、箱ごと持ち上げて吹き出した! ↓

Harmonica

このあと島さんは、韓国の友人にプレゼントされたチマチョゴリを着て、シャンソンではなくロシアの歌を歌った。歌は国境を越える!

2007年10月24日 (水)

10月20日(日)「野花」から「いちご」が咲いた!

市民ネットワーク千葉県では、地域で市民が起こすコミュニティビジネスを助成する基金制度「ちば元気ファンド」を毎年実施している。

今年7月にも、多くの応募団体の中から、書類選考やプレゼンテーションを経て、3団体が市民ネットワーク千葉県から助成金を受けることに決まった。

プレゼンのあと、私たち選考委員の全員とも最高点をつけたのが、山武市の「障害児学童保育を作る会・野花の会」。プレゼンテーションがうまいわけではなかったが、代表の野口よし子さんの懸命な話ぶりが、「せっぱつまり感」100%で、どうしてもこの地域にこんな施設が必要だと私たちに強く迫るものがあった。結果は満額回答。

さて、その「野花の会」より嬉しい招待状が!

市民ネットワーク千葉県から助成金を受けたあと、施設予定建物の改修工事が順調に進み、児童デイサービスの認可も降りて、10月20日に、「児童デイサービスいちご」として開所式を行うので、ぜひ来てくださいというもの。

よく晴れた午前、佐倉から八街を通って山武市の、旧成東上横地まで出かけた。

「デイサービスいちご」は小学校に隣接したこじんまりとした建物。今日は晴れの日なので、ちょっと緊張した面持ちの野口さんがにこやかに出迎えてくれた。室内の真ん中には敷物が敷かれ、障がいを持ったお子さんやその父兄が、ニコニコと座っている。私たち来賓(?)はその後のイス席に。子どもが主人公という野口さんの気持ちがよく現れていて、ほのぼのとする。

Hogosha

お決まりの市議や教育関係者の祝辞が終わり、思わぬことに「感謝状」授与ということで、私の名前が呼ばれた。ネットの助成金で、建物の改修の一部と、送迎車を購入できたという。うやうやしく感謝状をいただくワタクシ。↓

Hyoushoujou

地域にしっかり溶け込んで、自分の夢と子どもたちの未来の実現に向かってエネルギッシュに取り組んでいる野口さんのパワーには、本当に感心してしまった。帰りに、送迎車をパチリ。↓

Sougeisha

2007年10月20日 (土)

常任委員会の視察・その②

次なる視察は、前日と打って変わって、古い国立病院の建物。5年前に済生会に委譲され、西小樽病院となった。重症心身障害児・者施設「みどりの里」が併設されている。

みどりの里を視察させていただいたが、障がいを持って生まれたお子さんがここに預けられ、既にかなりの年齢になっているケースが多い。全国的には平均年齢が40歳代という。みどりの里でも最年長が70歳代ということで、今後は「入所者の看取り」にしっかりと取り組んでいく必要があるというお話をうかがい、軽々しい気持ちで視察などはできないことを痛感した。

職員の方のお話では、自立支援法のもとに国は障がい児が成人に達した場合分離していく方針だが、分離された場合障がい者の行き場がない。やはりこの施設のように、障がい児・者一環の施設がよいとのこと。深く、重く、心に受け止めた。

このあと、札幌に戻り、札幌市立大学の視察。

この大学は「デザイン学部」と「看護学部」という珍しい組合せの大学だ。なぜにデザインと看護なのか? という疑問から視察は始まった。

大学側の説明では、デザインも看護も「人間重視」の考え方が基本。看護の現場には、環境デザイン的な発想や人間の行動デザインの発想が活かされるべきだという。なるほど。明るい建物に、充実した設備。IT関連の設備も整っているし、これは育児の学習室で見つけた「赤ちゃんたち」↓

Dollbabies

本物そっくり。重さも3キロあるのでズッシリ感がこたえられない!

この大学で気になったのは札幌市からの交付金が毎年15億8千万円以上あること。授業料は2億2千万円ほどだから、運営の大部分を市からの交付金でまかなうことになる。市にすれば相当な負担であるはず。そのわりに、学生を札幌市に「還元」することは特にしないという。うむ、ふとっぱら。

最後にまわったのが、ススキノに隣接した「札幌都心部子ども関連複合施設」。札幌市立資生館小学校を中心に、保育園、札幌市子育て支援総合センター、児童会館が入っている。全国でも初めての「丸ごと子ども施設」だ。

とにかく広い! これがエントランスの通路。↓

Entrance

奥に見えるのが小学校の職員室。教室も、職員室もすべてオープンスペース。あっ、小学生たちが出てきた。↓

Shougakusei

全国、いや世界中から見学者が殺到しているとかで、子どもたちも私たちに慣れた調子で「こんにちはー!」と声をかける。

子育て支援センターでは、若いママが孤立しないように、いつでも子どもを連れて遊ばせることができる。土日も開いていて、パパが子どもとここで遊んでいる間、ママがお買い物に行くケースが多いとか。

今日も、「初めて来たけど、楽しい!」というヤング・ママが赤ちゃんと遊んでいた。

Baby

すぐ隣にあるのが資生館小学校。同じ建物にある保育園の園児や上のような赤ちゃんと触れ合う機会も多いので、赤ちゃん好きな小学生が多いという。異年齢の子どもとのふれあいで、子どもたちも豊かに育つ。小学校のグランドは狭いのが難点だが、天然芝だったので感激。↓

Schoolground

実に見事に整備されている芝生だった。

施設のねらいは、孤立しがちな育児真っ最中の若い親を応援し、子どもたちの育ちを助けること。まだできたばっかりで、成果が現れるのに時間がかかるだろうけれど、関わるスタッフの皆さんの熱い思いが伝わってきて、もっと視察をしたい施設だった。

2007年10月19日 (金)

常任委員会の視察・その①

10月15日から18日までの2泊3日で、健康福祉常任委員会の県外視察に、北海道の小樽市と札幌市に行ってきた。

既に紅葉が始まっている札幌市。さすがに昼間の気温は13度、夜は一気に一桁台まで下がる。手稲山には初雪も降ったとか。

まず向かったのが、手稲渓仁会病院。高度医療と地域医療が見事に融合されている。一番うらやましかったのが、医師不足でないこと。規模的には法律上80人でよいところ、なんと201人も現在お医者さんがいるとか。色々な工夫で医師が集まってくるのだ。アメリカのピッツバーグ大学への3年間留学など、研修医の確保に努力している。

また、クリニカル・パスという、患者への入院指導や検査、ケア処置、退院指導まで一連のスケジュール表を使って治療にあたる方式を採用し、一人当たりの入院日数が大幅に減少した。

1995年には平均19日だったのが、今では11日に短縮したという。

患者の回転が良くなり、それが経営の安定化につながる。この病院のような救命救急病院はペイしないと言われるが、さまざまな先進的な取組で「救急」が看板となることによって、若いドクターが集まりやすくなっているという。

広い北海道の救命救急には、これが欠かせない!↓

Heli

このドクターヘリが導入されたのが2005年4月。年間の運営費が1億7千万円。昨年だけでも4,437人を搬送したとか。冬場の雪が悩みの種。

2007年10月11日 (木)

チャレンジド・オフィス・ちば

千葉県が全国にさきがけて取り組んでいる事業のひとつに「障害者就労」プロジェクトがある。

昨年は「障害者就労モデルプラン」を作成して、県庁内での知的障がい者のモデル就労を実施した。働いてみたい人が43人応募し、全員を採用したという。その前に、知的障がい者を雇用している県内外の企業を視察したりと、職員の意識改革に取り組んだ。

モデル就労の期間は昨年10月から12月。民間のジョブコーチなどサポートする人の助けを借りながら、試行錯誤で進んでいったとのこと。16階の会議室にワークステーションを置いて、ここをベースに、各課の書類発送作業や、シュレッダー業務、パソコン入力など多くの仕事に障がい者の皆さんが就いた。

この経験を踏まえ、今年6月から総務部の中に障がい者の働く「チャレンジド・オフィス・ちば」ができた。「チャレンジド」とはCHALLENGED。英語で障がいを持った人々を表すポジティブな言葉である。

今日は午前中、総務と健康福祉と商工労働の3つの部から職員の方に来てもらい、「障害者就労モデルプラン」のことを話してもらったが、実際その職場を見てみたいと思い立ち、午後に早速総務部にお邪魔した。これが職場の入り口。

Chalenged

手作り感がなかなか味わい深い。

5人の方が嘱託として働いているが、2人は他の部にシュレッダー業務などに行っていて、訪ねたときは3人の方が働いていた。

Hataraku

手前の女性は地図にシールを貼っている。かなり小さなシールなので、器用さと根気のいる仕事だが、1ミリの違いもない正確さで貼っておられた。

お一人は給湯器の掃除。これが給湯器の中!私は初めて見たが、かなり複雑怪奇な構造でびっくり。↓

Kyuutouki

はずした部品はたくさんあり、洗ってまたセットし直すのがいかに大変か。最初は2時間もかかっていたそうだが、今では40分くらいで洗い終えるというKさん。部品はどれも真っ白。↓

Shokkiarai

説明してくださった職員の方は、「いずれ民間の職場で働いてほしい」と熱のこもった声で締めくくった。

県外からの視察が大変多いのだが、県内からはあまり来ないとのこと。わが佐倉市は視察に来たというので、「おーし!」と思ったが、その成果を佐倉市の中に活かせることができるかどうか、見守っていきたい。

2007年10月 9日 (火)

ピアノに参った1日。

昨日はあいにくの雨ながら、素晴らしいピアノ演奏に酔いしれた1日だった。

佐倉市在住のピアニスト久保節子さんのリサイタル。会場は知ってる顔があちらこちら。意外な方もいて、久保さんの交友関係の広さに驚く。

プログラムの最初はバッハの重厚な「トッカータとフーガ」。オルガンではよく聴くが、ピアノは珍しい。力強い演奏が華やかに広がっていく。ベートーヴェンのソナタ、ショパンの有名なノクターン、と名曲が続き、最後は私のあまり得意でないドビュッシー。

しかし、このドビュッシーの曲が素晴らしかった。意表をつく音階と、曲芸のような指裁きに呆然としているうちに、情景がまざまざと目の前に立ち現れてきたのだ。それは、グラナダのエキゾチックな夕暮れの風景であり、また、窓を激しく打つ雨だれの音であったり、恋人たちが見上げる夜空の花火であったり・・・

久保さんは細身の美しい人。この細い体のどこにあんな凄い力があるのだろう。メッセージを音で届けることができるなんて、素敵な能力だなぁと、うらやましく思った。写真は演奏後の久保さんと。

Kubosanpiano

2007年10月 8日 (月)

リタリンは危険だ!

10月1日に怒涛の質問を終えたあとは、淡々と日程が過ぎ、4日は健康福祉常任委員会。以前は一般質問と常任委員会の間に1日休みがあったので、常任委員会の準備もできたが、今は1日の休みもなく、引き続き行われるので大変である。これは常任委員会で質問をさせないための陰謀なのでは? とひそかに疑っている。

さて、健康福祉常任委員会では「リタリン」のことを質問した。リタリンは睡眠障害の治療薬とされているが、発達障害のADHD(注意欠陥他動症候群)にも効くということで、千葉県が発行している学校向けのパンフレット「特別支援教育 Q&A」にも堂々と紹介されている。

ところが数年前から、リタリンは覚せい剤と同じ効果があり、依存症を併発すると指摘されるようになった。現実に、リタリンを服用している青年がどんどん量をふやし、中毒症状の果てに自殺をしたケースが何件か新聞報道されている。

そこで厚労省は最近、リタリンを麻薬並みの厳しい取り扱いとするように決めたが、その代わり、なんということか、全く同じ成分だが名前の違うクスリを「ADHDの子ども用」としてお墨付きを与えたのである。かえって状況は悪化したのではないか!

私は3年前にも議会質問で、県が発行しているパンフレットからリタリンの記事を削除すべきだと、厳しく指摘してきたのだが、いまだに治っていない。子どもを薬物の危害にさらしていいのか。

ここはひとつ健康福祉部と教育庁が縦割りという「ベルリンの壁」を乗り越え、連携してリタリンの問題に取り組んでほしい。

さて、常任委員会の後半は「がんセンター」と衛生研究所の視察とあいなった。がんセンターはつい最近視察をして、ブログにも書いたが、衛生研究所は初めて。

この衛生研究所は昭和51年に建てられたもので、相当に老朽化が進んでいる。話には聞いていたが、内部のあちらこちらには無数の亀裂が・・・ これは温泉の分析などをする部屋。ひときわ目立つ大きなヒビが!

Kiretsu_2 

衛生研究所の中には、すごく危険な最近やウィルスを取り扱う部署もある。

Plate

もし危険なウィルスが、ひび割れから外に流出したらどうなるのか?

「バイオハザード」のミラ・ジョボビッチもびっくりの事態となるのではないか? 心なしか、建物のすぐそばに生えているイチョウの木が、ヒョロヒョロと元気がなかったなぁ・・・

2007年10月 3日 (水)

10月2日(火)昨日は議会質問日でした。

年に一度の議会質問を昨日無事に終えた。わずか30分の中に質問項目が6個。再質問のために8分は残したい、と自宅で何度もストップウォッチとにらめっこしながら読み練習をしたので、本番ではピタリ8分残すことに成功。しかし、A4用紙で9枚を読み上げたのだから、当然すこぶる早口。再質問のあと、数十秒残ったので、生物多様性県民会議のことにも言及して終了。

質問項目は、1.環境破壊の極地「山砂採取」、2.エコテック裁判、3.横須賀基地の有害な浚渫土砂を房総沖に海洋投棄する問題、4.酒々井インターチェンジ、5.北印旛沼のサンカノゴイ、6.有機農業と遺伝子組換え作物。

いずれも現地に何度も足を運び、国会までヒアリングを行い、文献を調べ上げて作成した質問だ。特に山砂問題では、木更津市で交通実態調査を市民の方にやってもらったり、裏づけもばっちり。

しかし、毎度のことながら、知事をはじめ当局の答弁のそっけないこと、この上なし。木で鼻をくくり、目にはビー玉、耳には耳栓、クチの中には舌が2枚以上生えているのではないか、と疑うようなすれ違い答弁ばかり。

山砂問題では、山を丸ごと削って大穴まであけるのに、「跡地に土を埋め戻し、平らにして木をポッ、ポッと植えてハイ復元」って、そりゃないでしょう。何年も経てば緑地になる、などとは、生態系や山の本質を全く無視した神をも恐れぬ考え方だ。

君津市小糸地区の山砂採取場の写真をご覧あれ。

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で、本日、山砂採取擁護派議員がこんな発言を議場でした。

「先祖代々受け継いできた山砂採取は地元の大切な産業である」ということで、昨日の私の質問を批判したのだが、ちょっと待って。山砂採取が始まったのはほんの40~50年前でっせ。

先祖代々というのなら、大昔からこの地にあった先祖代々の山林を、お金と引き換えにアット言うまに丸裸にして、子どもや孫には破壊された自然を残すのか、と言いたい。山を崩してカネを得る、というのは、タコが自分の足を食べているのと同じではないか。未来には荒廃しか残らない。

質問を終えて、喉はカラカラ。議場を背に、いつも暖かく(?)支えてくれる仲間の川本さんと吉川さんに挟まれて、ホッと笑顔の写真。↓

2menme_2

傍聴してくださった皆さん、本当にありがとうございました。

控え室に戻って、岩橋さんと友子さんと記念撮影。

3women

質問の模様がインターネット録画で見られます。以下クリックして、大野博美の名前の右にある「再生」をクリックしてください。

http://www.pref.chiba.jp/gikai/chukei/rokuga/index.html

2007年10月 2日 (火)

九月30日(日)パック・スリーよりジャル・パック?

皆さま、またもや1週間のご無沙汰でした。昨日、年に一度の議会質問が終わり、今日久しぶりにブログを書いています。それでは、

県、県、ゴー、ゴー

9月30日(日)パトリオット3はいらない!!!

明日が議会質問というのに、午後から津田沼に出かけ、「自衛隊習志野基地へのパトリオット3(別名パック3)の配備反対」デモに参加。今秋にもすぐ近くの習志野基地へ配備されるパック3は、先日のブログにも書いたとおり、究極の税金の無駄遣い。東京に飛んでくるどっかの国のミサイルを打ち落とす迎撃ミサイルだが、命中率は悪いわ、1発数億円もするわ、もし命中しても破片やら生物兵器やらが我々の頭上に降り注ぐという大変なシロモノなのである。

何の因果か朝から大雨。しかも、昨日とは打って変わって肌寒い。よっぽど、実行委員会の面々、日々の行いがヨロシイらしい・・・

こんな悪天候にも関わらず、予想以上の150人が津田沼の公園に集合。しかし、右翼もウヨ、ウヨ。人目で右翼と分かる黒い街宣車が公園の周りを取り囲み、スピーカーの音量をマキシマムに上げて、「オメーラ、帰れー!」「我々はー、自衛隊の味方だー」などとワケのわからんことをがなりたてている。

Uyoku

とにかくものすごい音量なので、「迷惑条例」に抵触するのでは?と思い、我々のデモ集会を監視している警察官に「取り締まってください」と言ったが、「道路交通法には違反していないから・・・」などと呑気な返事をするだけで、全く動いてくれない。

こんなおジャマ・ムシはムシして、パトリオット反対集会は元気に1時間の公園集会を終わり、いよいよJR津田沼駅までの数百メートルのデモ行進に移った。なぜか、明日が議会質問の私にシュプレヒコールの音頭とりの役目がまわってきた。喉が心配・・・ 風邪気味だし・・・ でも、デモの鬼隊長の吉川さんによって私は街宣車に押し込まれ、一緒に押し込まれた成田の足立さんと変わるがわるマイクを持って大声を張り上げる。

「習志野基地へのパック3配備、ハンターイ!」

「私たちは戦争に協力しないぞー!」

「市民を戦争に巻き込むなー!」

などと、決まり文句を叫んでいるうちに、いつもの悪い癖が出てしまった。

「ジャル・パックは世界への旅、パック・スリーは地獄への旅!」

もちろん、誰も唱和しなかった・・・ 下の写真はデモ隊を先導する街宣車。

Cardemo

車内でマイクを握るおしゃべりヒロミと、相変わらずエスコート(?)してくれているおまわりさん。

Carpoliceman

このあと、習志野基地へと舞台を移すのだが、デモ隊一行は電車で、私たちはこのまま街宣車で移動。ところが津田沼付近の道路は大渋滞。ようやく渋滞を抜け出し、かなり予定の時間を過ぎて基地の近くまで行くと、またまた大渋滞。なんでこんなところが混んでいるのか、整理しているお回りさんに聞くと、なんと「デモ規制です」だって!

電車で先着したメンバーが、なかなか到着しない街宣車を待ちきれずデモを始めているのだ。それの規制に引っかかって身動きとれないデモの街宣車・・・ 誰かぁ、よっぽど日ごろの行いがいいんだ!

この日、誰かが持ってきた沖縄の新聞。1面の裏表全部を使って、沖縄の「集団自決を日本軍が強制したことを教科書から削除させた」国に抗議する大群衆の写真を載せていた。その数11万人。沖縄は熱く燃えている。

Okinawa

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