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2007年11月26日 (月)

怒涛の3連休508キロ!

11月23日~25日の3連休でも、相変わらず大忙しでした。

11月23日(金)~24日(土)

「八ッ場あしたの会」の渡辺よう子さんが八ッ場を案内してくださるというので、急遽、宮田さんと群馬入り。久しぶりの関越自動車道は連休初日とあって大渋滞。お昼は車の中で肉まんをかじりながら、約束の午後2時半にぎりぎり間に合って「川原湯温泉」に到着。

前日は「群馬方面は吹雪いている!」という情報が飛び交い、深夜チェーン装着の練習までして臨んだのに、どこもかしこもあっけらかんと晴れ渡り、お日様ポカポカ。雪のかけらもないぞ。

1年半ぶりの八ッ場は、更に付帯工事が進んでおり、あちこちに無残な山肌の姿が見られた。↓

Yamahada

渡辺さんはいつもの爽やかな笑顔で、まずは長野原地区の「代替地」を案内してくれた。ここは、温泉街区の住民ではなく、道路新設のため移転する住民のための「代替地」。すぐ周辺の山林は坪数千円なのに、ここは坪10万円にも跳ね上がったという。こんなのっぺらぼうの場所が、第二のふるさとになりえるのか・・・↓

Daitaichi

これは近くの「長野原中学校」新校舎。生徒数は100人・・・

Chuugakkou

ダムに沈む長野原中学校があった元の場所には、まだ桜並木が残っていた。後の山の上の緑色のフェンスが、上の写真の新校舎のある場所。このように、沈没場所から上に移転することを「ずりあがり方式」と言って、八ッ場ダム予定地のあちこちに見られる。↓

Kyuuchuugakkou

美しかった吾妻川には巨大な橋脚が3基建造中。まるでコンクリートのお化けだ。これは3号橋の遠景。↓

3goukyouenkei_2 

3号橋の看板の前で。↓全長442メートルというから驚きだ。3goukyoukanban

こんな「お化け」も。 通称めがね橋というアーチ型が二つ連なった巨大な橋。橋脚だけでもこの大きさ。こんなもの、いるの?↓

Meganebasi

次に川原畑地区へ。ここも全没地区。80世帯が今は20世帯に減った。民家の移転のあとが悲しい。↓Iten

代わりにこのような道路とりつけ工事が着々と進んでいる。

Dourokouji

川原畑地区のてっぺんには渡辺さんが一番好きな場所がある。それがこの三ツ堂(みつどう)。天明3年の大噴火以前からここにあるという。

Mituzuka

その横には小さな石仏がひっそりと並んでいた。

Sekibutu

このお堂はお盆の時期にはロウソクが灯され、とても神秘的な風景になるという。それも今年限り。もうすぐノッペラボーな土地に移転させられてしまうという・・・

遠景を望めば、いやでも目に付くのは「砂防ダム」。土砂崩れ防止を理由にいくらでも作れるので、ゼネコンの「打ち出の小槌」だと言われているとか。白い三つ葉のようなものがソレである。

Daboudam

渡辺さんが言うには、この大々的な工事もまだほんの序のクチ。本体工事に入る前の付帯工事に過ぎない。それなのに、すでに総事業費4,600億円の半分以上を使ってしまっている。この先、再び事業費が倍増することも大いにありえる。そのとき、八ッ場ダムに参画している千葉県を含めた1都5県は負担できるのか???

また、ずるずると無駄な工事を続けることで、ゼネコンは潤い、逆に地元住民はヘビの生殺し状態だ。ここでスッパリとダム撤退を決め、地元の再建策にお金を投じたほうが、何倍もムダが防げ、住民のためにもなる。

夜、連休ということでにぎわっている「ダムに沈む温泉」川原湯の、ひなびた旅館のお湯に浸りながら、複雑な心境になった。

11月24日~25日(日)

さて、一夜明けた朝、宮田さんと別れ、私は一人で一路木更津のアカデミアパークをめざす。「地域医療」のシンポジウムが開かれるのだ。午後1時から、あの日野原医師の講演があるのでそれまでに木更津に着きたいとがんばったが、関越道をおりて練馬からいきなりの大渋滞。環八も大渋滞。休日なのになんで??? アクアラインにたどり着くまで、なんと都内を抜けるのに3時間もかかった。

ほうほうのていでアカデミアホールに着いて、何とか残りのシンポジウムを聞くことができた。翌日は分科会。私は「崩壊する?地域医療」分科会を選び、友子さんと熱心に聴く。Bunkakai

北海道の西澤医師の「道内のいろんな協議会が一同に集まり、何が足りないのか、療養病床の問題も含め話し合って問題点を洗い出した」というお話が、千葉県を考える上でも大変参考になった。

一昨年、健康福祉常任委員会で視察した高知県の職員の方もおり、あのPFI方式で建てた高知県医療センターの「その後」も聞けた。やはり、金融企業が病院業務を運営するむずかしさがあると言う。

さて、最後はお待ちかね、諏訪中央病院の鎌田實さんが登場。看護師の川島みどりさんと、極上の対談を繰り広げた。

Taidan

川島さんの「看護は、医学的知識よりも、生活行動の援助をきちんとすることに本旨がある」「看護に求められる優しさとは、自信を持つことから生まれる。倫理的な優しさより、自信に裏打ちされた確かな優しさを!」という言葉に深く共感。

全体的には、「医療の崩壊は、日本の国自体の崩壊につながる」という危機感にピーンと貫かれ、さまざまな示唆を得ることができた。松本文六医師の言葉を紹介する。

「医療崩壊とは? 病院勤務医が、さまざまな医療政策の朝令暮改的な改変やマスメディアの過度にして不正確な医療事故報道などにおより、その勤務の過酷さに耐え切れず、マイペースで私生活と診療が選択できる開業へと走ったために、病院が医師不足により閉鎖されたり、診療科の縮小・閉科に伴って、患者が従来どおりの至便な医療が受けられなくなっている状況である」

また、クチ達者日本一の慶応大の権丈善一医師の言葉・・・

「医療をどうしても変えたいのであれば、雨が降ろうが槍が降ろうが、はたまた空からミサイルが降ってこようが、今日の医療崩壊に手をうとうとしない政党には拒否権を発動するしか方法はない」

終ってみれば3日間の走行距離は508キロ。公共工事と医療崩壊という日本が抱える二つの大きな問題に、再び頭をかかえこむ。でも、「癒し」で終りたいので、癒し系のご本尊鎌田先生が写してくれたスライドを最後に貼り付ける。チェルノブイリの女性宅を訪問したときのもの。この女性は極貧にもかかわらず、鎌田先生が訪問するときはいつも、精一杯の手料理でもてなしてくれるという。これがホスピタリティーの本質!と鎌田さん。

Cherunobuiri

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