« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »

2005年10月30日 (日)

わが千葉県の評価は?

土曜日は、農業センターで「いいでん祭り」。
雨が降る予報だったけど、いいお天気。
午前中はジャングルになった庭の枝をノコギリできったり、来客があったりしたので、お昼ごろに出かけた。
チェンソーアートのチェンソーの音が響く。手作りのおいしいジャム(イチジク、イチゴ、ブルーベリー)を買ったり、焼き芋食べたり、お餅をもらったり、モチモチゴパンのサンドイッチをいただいたりして、お腹もくちく、気持ちも晴れ晴れ。

日曜日、午前中久しぶりの礼拝。
午後は県市民オンブズマンの10周年記念事業、「日本における談合の現状と防止策」の学習会。
講師は松葉謙三さん。全国市民オンブズマン連絡会議の代表幹事ーー談合公共事業問題プロジェクトチーム座長、三重北市民オンブズマン代表、長野県副出納長などを歴任した方です。
何だかんだマスコミはいい、時々わからない行動に出ることもあり、あくの強い知事ではあるけど、長野は県債の削減、行政改革が進んでいる。
松葉さんは、「談合を止めさせる」には徹底した一般競争入札さえ実現すればいいんです。と力説。
落札率は、宮城県(78.6%)、長野県(83.1%)、滋賀県(83.9%)、大分県(87.0%)長崎県(89.5%)・・鳥取県(92.0%)・・三重県(92.6%)・・千葉県(95.3%)で全国32位。
落札率95%以上は、談合の疑い限りなくあり、とのこと。
千葉県の行財政改革は・・道半ば・・・というところ、か。

写真は、長野県知事の評価表。番号は全国順位です。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月27日 (木)

これは、企業庁の負け!

20年以上未利用地であった幕張地区の公益施設用地947坪を企業庁が売却しようとして事件が起きました。
財政も厳しい企業庁としては、売るために、用途解除を千葉市に申し入れました。
千葉市としては、「用途解除には応ずるが、近隣住民及び自治会の意向等に配慮して欲しい」との返答。
企業庁は、一番近い自治会の自治会長に用途解除、入札を行うことを申し入れる。自治会長は、住民に図ることなく、おそらく軽い気持ちで、ともかく了解してしまう。
さて、入札が行われて、なんと、ここに9億1千万円という高値がつき、驚いたのが住民!
「聞いてないよ~!」ということで大反対運動が起こり、たちまち反対署名があつまり、企業庁へも入札を白紙撤回の要望が殺到。

自分たちは、快適空間を享受しながら、後続の建設は許さない、という「地域エゴ」かしら、と当初ちょっと思ったけど、
「まずは現場を見て!」の声に押され、本日、午前中、現地に。

「うわ!こりゃ、企業庁の負けだわ!」というのが、私の感想です。
戸建住宅のどんづまり、広くもない道路の向かい側の緩衝緑地帯ともいうべきこんもりとした緑に囲われた猫の額ほどの一画。
「ここでっせ」というばかりに、あたりは「建設反対」の立て看板がどっさり!木立の向こうにはテニスコート、手前は歩道。
ちょっとした家なら3~4軒分ほどの土地。静かでのどかな団地です。
こじゃれた喫茶店か、コテージ・ベンチがふさわしいような一画。ここにマンションを建てるのはなんぼなんでも無理!

これは企業庁さん、あっさり負けを認めた方がいい。
入札済みの案件を振り出しに戻すのは、なにかときついとは思うけど、でも、その方が、後々、まちづくり、景観保全のためはいいと思う。
午後は、弁護士さんと相談やら、聞き取りやら。

さて、ロッテは優勝しました!
今頃、ひろみさんは狂喜乱舞して祝杯を上げているでしょう。(決算委員会を忘れないでね。)

写真は、噂の現場。見えている芝生の部分が今回の売り出し分です。
右端に家が見えます。写真の手前にもすぐ家があります。
ね!コテージにふさわしい猫の額でしょ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月25日 (火)

ご冥福をお祈りいたします

日曜日の飛行機で能登から帰り、さっそく駅まきのチラシを作成、印刷。そのチラシを持って、月曜日、火曜日と朝の駅頭で配布。

昨日は、市原事務所で市政相談日。久しぶりの市原です。
立ち寄って話に来られる方もあり、それなりに変化に富んだ一日。

火曜日は、県ネット運営委員会。みっちり、4時まで。
その後、ひろみさんが、決算委員会の調べもので控え室に籠もっているので陣中見舞い。

本日のカットはカッパ。
能登の家に帰っていた時、菩提寺の先代の住職さんが亡くなられたことを聞いた。
お葬式や、法事で我が家に来て下さると、とても明快で含蓄のある法話をしてくださるすばらしい方だったので、ほんとに残念。
かつて、私が描いた「カッパの宴会」の絵をとても気に入ってくださったことを思いだし、今日は、カッパの絵です。
ご冥福をお祈りいたします。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月24日 (月)

能登は やさしや 人殺し

20日、21日と常任委員会の視察に行ってきました。
富山のエコタウン(環境)、そして能登の拉致現場(警察)です。

なんと拉致現場は、わが故郷・能登!
珠洲市の隣りの能都町宇出津(うしつ)遠島山公園!
昭和52年、北朝鮮工作員に取り込まれた在日朝鮮人が、かねてからの知り合いだった日本人男性(久米宏さん)を、遠島山公園の通称「舟かくし」から北朝鮮工作船で、連れ出した事件。
現地は、海からの陸からも見えない入江。

拉致など考えられなかった当時、警察は詳細な調査をし、核心にせまった。しかし、当時の法・国際政治の状況に阻まれて、未だに拉致犯人逮捕にはいたっていない。

視察団一行と別れて母の待つ珠洲市へ。
宇出津駅はレールバスは廃線。バスも1時間ない!
病院帰りのおばあさん達(15人ほど)と、わーわー言いながら1時間待つ。

「医療費も2割負担になるみたいやし、おらち、とっしょりらっちゃ
はよ、死ね、てがかね~。」
「気がねしーしー生きとっても、はいだるいのきゃ~。」
「あの人、今日、きとらっじゃたけど、どうしたったがかね~。」
「足っや、悪るて、来られんて、ゆうとったったわー」
「達者でなきゃ、病院も来られんし、のきゃ」
いずこも同じ、女性のおしゃべりは続く。

母は元気だった。よかった。
写真は「舟隠し」の入江。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2005年10月17日 (月)

○×△・・○?!×▲▽○・・・

10月6日の私の質問の冒頭です。
「今回の選挙は、○○○○も一体となって、○○劇場という狂想曲を後押しした、国を挙げての○○選挙ともいえる選挙で・・・自民党は衆議院の3分の2を占める巨大与党となり、単独でどんな政策も決定できる政党となってしまいました。・・・今回の選挙によって産み落とされた小泉○○○○○達は、聞き分けのよい○○○のように、今後、執行部提案に唯々諾々と従っていくことでしょう。総理自身は、郵政民営化だけでなく、みずからの全てを国民が信任したかのような発言を繰り返しています。」(○の中に、適当な文字を入れよ)
「自民党が3分の2」というのは確かに私の間違い。「自・公の与党で3分の2を越える」が正しい。間違いは認めます。
でも「 」部分全部を削除せよ、と言われるのは心外。
これは私の選挙後の偽らざる感想であって、それを他の政党議員からとやかく言われたくない。

圧倒的多数を占める××党の主張は、なんだって通る。
本日、議会最後に、この部分を削除するようにとの動議が出され、わが方の反論の言い分はほとんど封じられたまま、多数に押し切られた。
議事録には、いやというほど××××××・・・が並ぶことでしょう。
これでは神聖なはずの県議会議事録が、××しげなモザイクだらけの××本のようです。
××党も、弱小会派の言葉尻を捕まえてグタグタ言うなんて、何て△×がせまいんだろう!▽×に蹴られて□×じまえ!○▲ヤロー!

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月16日 (日)

日曜日です

火曜日・個別質問議会
水曜日/警察・生活環境常任委員会。指定管理者制度への制度変更の議案が多く、目をシロクロさせて資料を読む。

一番気になるのは、警察本部新庁舎建設をPFIで行うことにしたこと。前年度に債務負担行為の設定は済んでいる。(市民ネット・無所属市民の会会派は、なんでPFIなのか納得できなくて、反対した)
今回は、二次審査に4社が残り、入札では日立グループが一番高かったのに(301億円)、あれこれの庁内の機器類やセキュリティなどで一気に形勢逆転、総合点で846点を獲得し、当選となった、という議案。
審査の議事録は非公開。審査委員はいくら専門家とはいえ、グレードの高い機器類について、ヒヤリングもなし。今後20年間の新庁舎メンテナンス、警備、施設機器類の維持管理まですべて、一社で請け負うことになります。
ともかく、情報非公開では判断のしようがありません。

そんなわけで、議会最終日は、外3件の議案も含めて「討論」をすることになりました。

今日は、東京慶応大学で「国民投票法」についての学習会。
今井一さんのコーディネーターにより、
憲法調査会会長/中山太郎さん(さすが、堂々たる風格)
自民党保岡輿治(おきはる)氏(バランスのいい紳士)
民主党枝野幸男氏(てきぱき歯切れ良い論客)
公明党赤松正雄氏(ちょっとおもしろいおじさん)
共産党笠井亮(あきら)氏(ちょっと古いかなー)
社民党辻元清美さん(いよっ!われらが清美さん)
週刊金曜日論客北村肇氏(がんばれ、メディアだって土俵際)
憲法のプロ小林節氏(口は悪いけど、今日は見直しちゃった)
など、錚々たるメンバー。
(実は、前半つい寝不足がたたってコックリしてしまった。ごめん!)後半はしっかり聞きました。
「国民投票法。ゆっくり考えたら、ええやんか」
久しぶりの清美節、歯切れのいい関西弁に拍手!

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月10日 (月)

体育館の中の体育祭

日曜日に引き続き雨で、これでは体育祭はないだろうと思っていたら、近くの西中学校から何やらマイクの音が・・・
何と体育館の中で体育祭をしているんだという。
10時すぎていたので、あちこちの会場をお邪魔するのはあきらめて、地元国分寺台地区の会場で見学。綱引きにも参加させてもらう。
(つい、力が入っちゃうんだよね!)

午後もあれこれの原稿を書き、美容院へ行き、夕方からはお通夜へ。
自分の父の葬儀の時のことを、つい思い出す。
残されたご家族のお気持ちが、一日も早く癒やされますように・・・。

夕食後も雑用の後、県ネット会報用のカット?も描き終えた。
ちょいと気に入ったので、ここに転載します。

| コメント (0) | トラックバック (0)

as it is(アズ・イット・イズ)

長南町に「as it is」という、けったいなミュージアムがある。
すてきなとこだよ、とかねてより聞いていたので、市民体育祭も雨で延期になったので、日曜日午後、思い立って出かけた。
カーナビに案内してもらって、場所は、笠森観音の近く。
ちょっとわかりづらくて、現地近くでもたもたしたが、なんとか到着。

え?ここ?何?納屋?これがミュージアム?
中へ入ると、何ということもないような、古今東西の日常の道具やら、信仰の道具やら、布やらが、ぽつり、ぽつりと展示してある。不思議になつかしい光に浮かび上がる作品群には、時代を越えて「出会う」ような存在感がある。
茶室のような空間にも、欠けた花器やら、ぱっとしない茶碗やら、古めかしい反故紙やら・・・。茶室のようでもあり、子宮のようでもあり・・う~ん・・・。

しばらくぼーっと、坐って眺めて・・。コーヒー一杯いただいて・・。
私達は、普段は自分の目で、価値観で、ものや景色を見ているのだが、ここでは、坂田和実という骨董の目利きの目(フイルター)を通して、ものや時代の空気を追体験しているような・・・。
ゆったりと濃厚な、タイムトリップを楽しみ、ぼーっと脳味噌がしびれた「時」を過ごして帰宅。

関心のある方は、是非一度お越し下さい。
たぶんこのミュージアムの建物そのものが、「古くなるほど、味のでてくる建物。最後は朽ちていくものであることを感じさせてくれる建物」というコンセプトで造られているので、芳醇・贅沢な香りを放つのだと思います。(一見、納屋みたいです)
(腐らない食べ物、壊れない陶器、有り余る物質、頑丈なだけの建物は今日あふれすぎているから、その逆説としての建築物なのでしょうね、きっと・・・)

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 9日 (日)

中村哲先生、やっぱり最高!

 土曜日、市原市民会館で中村哲先生の講演会がありました。
ペシャワール会現地代表、ペシャワール会医療サービス総院長の中村哲先生のお話を、市原で聞けるなんて、僥倖(ぎょうこう)としかいいようがありません。(なんで市原なの?といいつつ、大勢の人が市原まで出かけて来ました)

先生は1984年にパキスタンのペシャワールに医療スタッフとして赴任。ハンセン氏病を含めた貧困層の診療に係わって、86年にはアフガンな難民のための医療チームを設立。

その活動の輪をひろげ、今は、大干ばつに見舞われたアフガン国内の飲料水、灌漑水源確保のために井戸を掘り、地下水路(カレーズ)の復旧に尽力。
講演に先立つビデオのなかで、大勢の人が係わって、砂漠と化した大地が、水路ができたとたんに緑におおわれて行く様が映し出されると、どよめきが起こり、胸が熱くなります。

飢餓線上にあるアフガン民衆に、世界の救援の手が伸びるだろうと思いながら食料援助の活動をしていたら、あろうことか、国連がしてきたのは、食料を含むさらなる制裁だった。タリバンを含む現地の感情が一気に硬化したのは、その後だったという。

 そして9・11後、アメリカは、ビンラディンが潜伏しているかも知れないから、という名目でアフガン侵攻を宣言した。
中村先生の言葉によると、それは、「この会場いっぱいの明日の食料もない貧しい人の中に、犯罪者が紛れ込んだかも知れないから、全員外へも出さず、食料も与えない、というに等しい仕打ち」とのこと。
9/11で亡くなった3千人のアメリカ人を世界中が追悼したが、アフガンで餓死したり、殺されたりした何万という人を、だれも悼まない。

アフガニスタンでは、日本人は日露戦争でロシアに屈しなかった国、ヒロシマ・ナガサキの被害にあったのに、しっかり再興した国、羽振りがいいのに戦争はしかけない国として、美しい誤解も含めて、だれもがとても好日的なのだという。
しかし、今、アメリカに追随してイラク派兵などしていると、その信頼は地に墜ちつつある。

「正義」でもなく「イデオロギー」でもなく、まさしく現地の人々と気持ちを等しくして、ねばり強く活動し続ける中村哲先生の語り口のやさしさに、息を呑む。

最新の<空爆と「復興」>の著書を買い、ぼちぼち読み始める。
写真は、不鮮明だけど、中村哲先生。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 7日 (金)

議会質問・終わり!

朝一番10時から私の個別質問でした。
昨晩、ぐっすり寝たので今日は元気。

東京、神奈川の残土の75%が千葉県に持ち込まれている、しかも公共の埠頭から、となると,ここが関所になってほしいというのが、願いになります。
そこで今回、井上さんと協力して、悪戦苦闘して調べました。
まだほんの入り口が見えてきた段階ですが、それでも現場で書類を見ていると、見えてくるものがあります。(見え出すと、結構、はまります。)

港湾課でも、今後、実態把握をしていく、との主旨の答弁をもらえて、ちょっと嬉しい。こんどこそ、産廃課と港湾課が連携してほしい。(ちゃんとやってくれなかったら、また角度を変えて吠えます)

生活保護受給者がここ10年間で倍増。今、千葉県では国に対し、生活保護制度の見直しを提言するため、研究会を立ち上げているので、その状況などについても聞きました。(岩橋さん、協力感謝!)

県が策定中の国民保護計画。こんなもの作るより、平素から近隣諸国と友好的な関係を築き上げることのほうが大事。(ひろみさん、協力感謝!)(ここは知事答弁)。

平成3年「常磐新線の建設費等に係わる負担金について」という合意書を運輸省鉄道局長に出したことについて、「白紙撤回」すべきだろうという質問は、吉川さんの強い要望事項。

あれこれ言いたいことはたくさんあるけど、とにかく時間がない!
いつも、質問原稿を削ることに四苦八苦。
しかし、何はともあれ、終わった!
傍聴の皆さま、ありがとうございました。

明日も議会はあるけれど、夜は、千葉市民会館で、美しい金剛山歌劇団(在日本朝鮮千葉県千葉地域商工会主催)を堪能しました。
歌に踊りに、ほんとにすごいショーです。
イデオロギーだのなんだのでなく、こうして文化交流で人と人が繋がれるのは、いいなあ、と今年も思いました。
それにしても、ダンサーのみなさん、なんて細っそりとして、しなやかに身体が動くんでしょう!(とても同じ人類とは思えない!)

写真は、美女とモンチッチ。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 6日 (木)

質問準備/OK?

やっぱり日付が変わってしまった。水曜日のつもりの日記です。
ちょっと書いて寝よう。(今12時15分)
昨日、夜中12時までかかってていねいに修正した原稿が、ひょんなことから、パーになってしまった。
深夜12時、ぼう然とパソコンの画面を見つめる可哀想な私・・。
それから、2時まで、しかたなく、また原稿を書き直した。

だから、今日一日、眠たかった。
昨日は、自民党、民主党の代表質問。
今日は公明党、共産党の代表質問。
さすがだな、と思う力の入った質問で、明日の自分の分の気が重い。
まぶたも重い。でも今晩も12時までかかってしまった。

明けて6日、10時からしゃべります.

頭も散らかっているけど、机もごらんのとおり。
吉川さんの机の側から、パチリ。では、おやすみなさい。

| コメント (1) | トラックバック (0)

2005年10月 2日 (日)

なまけ者の原稿書き・・

午前中は恒例の障害者スポーツ大会。秋晴れで、お久しぶりの顔に会う。誰も彼もはつらつ、にこにこ。
私達も二人三脚に参加して「おイッチニ!イッチニ!」。

午後、雑用の後、木曜日には議会質問だから、もっと気合いを入れて原稿チェックなどしなければならないのだが、つい、手元にある本に手が伸びる。
何年か前に読んだ「なまけ者の3分間瞑想法」、パラパラとめくると「共依存」という言葉が目に飛び込んでくる。
アルコール依存症の夫と妻、DVの夫と妻、というケースでよく聞かれる言葉だが、ここでは「友達や恋人や家族の行動をコントロールしたいという欲求のこと」と定義されている。「相手に与える印象を操作することを通して相手の受け取り方を支配できると信じている人」「共依存の人は極めつけの支配者である」など興味を引く言葉がずらり!

とは言いながら、原稿に戻る。
ちょっと集中して・・・また脇道にそれる。かくて夜は更けていく・・。(私って情けない)

写真は風船割競争の一場面。去年はシャッターを切った時には、被写体がすでに画面の外に走り抜けていて、お間抜けな写真しか撮れなかったが、今年はばっちり!です。

| コメント (0) | トラックバック (0)

上総まほろば祭

(土曜日)、近くの国分尼寺回廊で「まほろば祭」が行われ参加。
わが国分寺台は上総国分寺総寺跡と尼寺跡にある。
再現された中門と回廊、そして発掘跡は今は芝生となり、金堂跡?は今は野外舞台のようなしつらえになっている。

そこで本日は市原市表彰が行われ、その後、大宮神社五井雅楽会の皆さんによる雅楽と巫女神楽の舞が披露された。
風をはらんで翻る巫女の袖、鳴る鈴の音、べんがらの赤い回廊、中門。
秋の雲が刻々と姿を変え、空高く雅楽の音色が響きわたる。
「まほろば」は「この上なく美しい」という意味だそうだ。
そんな故郷にしていかなければならない、という市長のメッセージは、ここでゆっくり空を見上げていると、しみじみと共感する。
途中、市長が、国の長(おさ)・上総之介?の姿で現れたのにはびっくり。市民と写真タイムもあったりして、なごやかな一日でした。
(私はカメラを忘れて残念)
まがたまづくり、民話の語り部のみなさん、文化財保護、展示等々も。

カットは、夜、テレビのお薦め図書の紹介で、ロシアの文豪・ゴーゴリの「外套」の話題が出ていたので、懐かしくて、ちょっと描いてみました。私も学生時代、なぜか、この作品が大好きでした。強烈な人間劇場、とびっきり上質の風刺画を見るような中編です。(内容は暗くてしんどく、読み応えもありますが)まだの人は是非、読んでみて下さい。

| コメント (0) | トラックバック (0)

2005年10月 1日 (土)

ご無沙汰しました

9月30日のつもりの日記。
かれこれ1週間ぶりです。議会質問の準備、、夜も出歩いていたり、やたら眠かったり・・等。

23日 息子達と孫来訪。地域福祉計画つくりのための地域懇談会の中間まとめ発表(市民会館)。その後、県ネットで役員会。
24日~25日、教会の修養会。あいにくの台風でどしゃぶり強風だけど、久しぶりの懇親。
26日から本格的に議会質問のための聞き取り。
残土・産廃問題、公共埠頭の課題。生活保護。国民保護計画。常磐新線がらみの問題、等々。何とか目鼻がついてきました。
一年の一回しか一般質問ができないので、つい力が入ってしまいます。

今日は憲法改正に向けて動き出した国会の状況に不安を感じて「まっとうな国民投票のルールをつくろう」という団体のアンケート調査を五井ヨーカ堂前で取りました。
ちょっと気軽なチラシを作り、ネット有志で1時間、マイクで話したり、お願いしたり。
協力して下さる方もかなりいて、ひとまず、よかった!よかった!

その後、県庁へ飛んで残土についての聞き取り。
夜は、岩橋さんのなじみのライブハウス「ルック」へ、ひろみさんや吉川さんと出かけました。
10月16日に千葉大で映画「日本国憲法」を上映する予定になっているのですが、その会場で歌う予定の「スマイル」の練習もたっぷりしました。
すてきなビートルズナンバーやジャズのナマ演奏を堪能し、深夜に帰宅。

しかし、眠いなあ。
右目と左目が昼と夜に分裂している私(枕のともこ)です。

| コメント (0) | トラックバック (0)

« 2005年9月 | トップページ | 2005年11月 »