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2005年12月30日 (金)

30日です

今日は久しぶりに息子夫婦が来ました。孫は忙しくアンヨ。
子ども達の幼かった頃を思い出します。

夜はようやくドイツ視察ツアーの私の分の原稿が書けました。
年賀状はまだ。
ちょっと一服してお絵描き。干支にちなんでワンちゃんなど。
今日のところは、これでおやすみなさい。

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29日のつもりの日記

本来なら、29日朝、能登へ出発しているはずでした。
しかし、この冬の異常寒波!すでに切符の手配はしてあったのに、
母から「雪がひどいから、もっと状態がよくなってからにすれば・・」と言う電話があり、言葉に甘えて切符はキャンセルしました。

というわけで、今年のお正月は千葉にいます!
(これは画期的なことなんです。ん十年前に結婚してから、ずっと正月は能登でした!)。
千葉でおせちを作ったり、暮れの掃除をしたりする日が来るなんて!
(雪が一段落したら、帰るからね!母さん!)
今日は、ご無沙汰している方の所へご挨拶に行ったり、ついでにちょっとチラシを配布してみたり、美容院へ行ったり、買い物したり、人並みにゆったり過ごしました。

一年を振り返って総括しはじめると、脂汗の出るようなことばかり思い出されます。(人間、なかなか賢くはなれないもんです。)
きっと来年も多難です。「枕のともこ」は本来なまけものの私・友子が枕を友としてごろごろしてるところからつけたタイトルです。
しかし、このままでは、「まっくらの友子」になりそう。せめて、「ちょい暗のともこ」程度には収めたいものです。

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2005年12月27日 (火)

さて 師走です!

クリスマスが終われば、年の瀬の商店街。
私は本日で姉崎、八幡宿、五井と続いた朝の駅頭チラシまきが一段落しました。う~っ、寒かった!

連日の寒波襲来で、山陰、北陸、東北の雪が大変です。
そして、とうとうJR羽越線特急いなほ14号脱線事故が起きました。
雪国の大変さは、いくらかはわかるつもりです。
亡くなられた方4名、重軽傷者32人の大惨事となってしまいました。事故後の処理をしておられる皆さまも吹雪の中、大変です。居座り続けている寒波がうらめしい。

日本は少子化社会に突入しました。人口減も始まりました。
先日はNHKのクローズアップ現代で、日本全国の過疎と診断された市町村の表示がされていました。列島いたるところ、過疎地域として真っ赤に塗られていました。
なんとか地域で持ちこたえてきた秋祭り、消防団、神社など、守れなくて取り壊される集落が映し出されています。
数字だけ見せられてもピンとこないけど、わが実家のある珠洲市を見るとそれがどんなに大変なことなのか、良く分かります。
目先の利益誘導に走らず、子ども達のために50年後、100年後の日本の姿をしっかり捉えた、息長い施策が必要です。

写真は葉を落とした梅が瀬渓谷入り口あたりの風景。

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2005年12月26日 (月)

クリスマス(その2)

写真がヘタで、今一つきれいに撮れていない。
(これはイヴの分)

翌日は、クリスマス礼拝。子どもと大人の合同礼拝でした。
その後の祝会では手作りケーキやクッキーなど、どっさり。
日本全体が人口減少、少子化に突入したというけど、ここには子どもの声があふれています。
暗い話題ばかり耳にする時代ですが、こどもたちの笑顔は世界共通。
イラク、アフガニスタン、インドネシア、その他、各地で子ども達は戦火におびえ、苛酷な児童労働の状況下に置かれています。
全ての子ども達に、ホントの平和と安心、安全を・・と願わざるをえません。

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2005年12月25日 (日)

クリスマス!(その1)

さて、あまりにとっちらかった日常なので、さぼりたくなる。
そこで再び、養老渓谷の梅が瀬渓谷へ。(24日!なんとイヴの日に)

見渡せば 花も紅葉もなかりけり この梅が瀬の 冬の夕暮れ(盗作)

あたりには人影もなく、落ち葉ふみしめ一人で歩く。
裸木がすがすがしく、せせらぎの音が耳に心地よい。
この間は日高邸跡まで行けなかったが、今回はなんとかたどり着けた。こんな奥養老の河原に桃源郷を創ろうと思った漢学者・日高誠実の想いの深さは現代の私達には想像すら出来ない。
驚くほど質素だった吉野の山の西行庵を思い出す。
「なくてならぬものは多くない。いや、一つだけである」
これは有名なイエスのことば。
そのことばを噛みしめながら河原を歩く。ぜいたくな時間です。

夜はクリスマス・イヴ礼拝。ろうそくの灯が幻想的。クリスマスの季節になると、クリスチャンは心にろうそくの灯をともしたようなほんわかした気分になります。
世界にほんものの平和が来ますように!
その後、教会員有志がキャロルに。
(私は、ちょっとさぼっちゃいました。ごめん)
写真は梅が瀬渓谷の日高邸跡。もうひとつは夜のキャンドルの祭壇。

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2005年12月23日 (金)

防犯パトロール

一週間ぶりの日記です。
原稿締切が重なってひーひー言いながら暮らしています。
19日 
警察葬に参列 
県警成田国際空港警察署勤務中、逃走する犯人を追って殉職された石塚警視の葬儀。まだ48才の若さ。
遺影のお顔には正義感にあふれた誠実そうな人柄がにじみ出ている。
息子さんの追悼のことばに胸を打たれる。
葬儀は粛々と・・・。

20日
県ネット運営委員会。一日中お疲れさま。
21日
市原の運営委員会。午後は、市川女性団体と話し合い。
夕方、せっかく市川まで来たことだから、と小岩に住む息子に電話。「今保育ママさんから子どもを連れてきたところ」とのことで、自転車かごに乗せられた孫と対面。日暮れ時で、まあ、孫の不機嫌なこと!ぶっちょうずらで、「どこのおばさん?」てな顔。

22日 
防災対策委員会。県の防災対策の現状を聞く。
その後、代理人会議。

23日
地元の公園で防犯パトロールのデモンストレーション。
寒い一日だけど、大勢の方が参加。
暴漢に手を捕まれた時の対処の仕方を聞いたり、警察犬のでデモンストレーションを見学したり。その後、国分寺の繁華街?をぞろぞろとパトロール。「火のよーじん!」の声が、終わり頃になって段々でるようになりました。

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2005年12月16日 (金)

行徳富士・議会最終日

金曜日、いつもの会派三人と井上・小高さん、そして三番瀬円卓会議にも参加している川口さんという方と三番瀬の塩浜護岸改修計画のある塩浜3丁目あたりの見学会。寒い中、案内して下さったのは総合企画部企画調整課、県土整備部河川計画課、河川環境課のみなさん。

 崩れそうなかの有名な塩浜護岸壁、高潮に飲み込まれそうなぎりぎりの所に建っている工場群。崩れかけた護岸壁をみていると、これは一刻も早く改修しないと人命にかかわる事態になりかねない、と納得。
このあたりは、潮が引くと、湾の口のあたりまで干潟となるそうな。
沖の方で、海鳥がまん丸になって光りながら漂っている。寒いけど、潮風がいい気持ち。
記念に「危険」と書いてあるあたりで写真を一枚。

 その後、ここまで来たからには有名な行徳富士?とやらも見なければ、と一同歩き始めた。遥か彼方に、盛り上がった土まんじゅうが見える。歩いても行けそうな気持ちで、てくてく。
ところがギッチョン!これがとんでもない食わせ物。歩いても歩いても逃げ水のように行徳富士が遠ざかる。4キロ近くも歩いて足の裏が痛くなった頃、やっと行徳富士にたどり着く。
 ここまで来たんだから、えい!ついでに富士?のお山にも登ってしまえ。(結構てっぺんからの見晴らしはよかった)。
コンクリートがらもあちこちからのぞいている。(これで残土、と強弁するのは苦しすぎない?)
下山後もタクシーは拾えず、またテクテク塩浜駅まで。(明日は議会最終日、原稿の準備もしなければならないのに・・しくしく)

そして金曜日、12月議会閉会日。
今日は、自民党発議の「真の男女共同参画社会の実現を求める意見書」が提出されているので、その質議を吉川さん・加藤さん(社民)・三輪さん(共産)。討論は、共産、民主、社民、ネット無所属(私が討論)、公明のみなさん。
 質議はわれわれの質問と、答えるはずの自民党答弁がかみ合わず(というか、ほとんど質問に答えず)情けないレベルの議会になってしまった。挙げ句の果て、いつものように、多数決。自民党全員と水と緑(森田三郎議員)が音を立てて起立して意見書は通ってしまった。数は力だ、暴力だ!またしても!

戦い済んで日が暮れて、どっと疲れて、情けない一日。

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2005年12月14日 (水)

大寒波!

火曜日のつもりの日記。
天気図の日本海上空が真っ白!北陸は大雪だという。
ひときわ寒い朝の県庁ギカイ棟前で、昨日、今日と、なにやらプラカードの一団。
幕張の企業庁所有土地を民間が買い、そこにあろうことかマンション建設の計画がもちあがり、それに反対する住民が抗議行動をしているのだ。昨日は、知事も来合わせて、住民の訴えを聞いた。
記念写真を一枚パチリ。
思わずみなさん、カメラ目線になってにっこり、ガンバるぞー!

本日は、環境生活警察常任委員会。
わが会派はおそらく来春早々に上程されるであろう「共謀罪」がらみの法案に対して慎重審議を求める意見書(案)を提出していたので、そのことをしっかり訴えようとしたのに、私の提案に対して、ダンマリを決め込んで、例によって、あっさり不採択。
アスベスト対策を求める意見書にもダンマリ、不採択。思想信条の違いはしかたないとして、せめて反対理由ぐらいしっかり説明してくれたっていいじゃないか!と委員会終了後もはなはだ消化不良状態で不機嫌な私です。

議会が「問答無用」の世界になるということは、民主主義の空洞化、日本国全体が鉄骨不足の構造基準違反のビルみたいなものになることです。
大国の外圧やら、近隣諸国の風圧にたえきれず、あっと言う間に国がいつか来た道に逆戻りし瓦解しそうです。
あ~あ、とため息をつきつつ、今日のところは寝ましょう。

写真は、元気なプラカード軍団。

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2005年12月10日 (土)

金曜日の日記

昨晩、日記の書き込みをしようとしたら、どうしたことかフリーズ。
今朝は順調に動いているので、昨日の日記です。

火曜日から代表質問・一般質問と続いているのだが、金曜日の議会は、すごかった!

自民党宇野議員の質問。知事の主要施策である健康づくり・ふるさと構想、戦略プロジェクト、平成18年度予算編成、事業見直しを「構想日本」が行ったこと、等々バサバサとなぎ倒す。知事が猛然と反論する。われわれは最前列に坐っているので、場内のぴりぴりした空気が、モロ!たまらん!
聞き逃した方は、インターネットで聞けますので、どうぞ。

午後は、うって変わってのどかな口調の東金の石橋議員。「女性の日にミモザの花を送る風習を千葉から発信してはどうでしょう」「、議長のお許しを得て持ってきました」とやおら壇上にミモザの枝。「おーっ」という歓声。知事もにこやか。

続いて木更津新人渡辺議員。始めての登壇とは思えない軽い皮肉やらユーモアやらを交えた、緩急自在の質問。

 その後、<女性議員をふやすネットワーク「しなの」>の女性達が千葉県議会の傍聴に来て下さったので、県議と交流の時。お茶とケーキで歓談。
 樽川通子さんを代表としてとその他各地で女性議員を増やす活動をしておられる14人のみなさんです。
 この会は政策決定の場に女性を、ということで年4回午前・午後の研修(毎回80~100名参加)を行い、最後の日は各自に決意表明をしてもらうのだそうです。修了生の中から、議員が誕生し、または、議員を送り出す活動が生まれているそうです。
 お陰で、10年前には83名だった女性議員が、今では200名弱まで増えたそうです。千葉県も現在195名ですが、人口が3倍なので、割合では長野の3分の1ということになります。また、長野では女性農業委員は192人(全国1)。
 その強烈な個性で賛否両論あるけど、田中康雄知事に変わって、おおいに県民の意識改革はすすんだとのお話もありました。

写真は、歓談の一こま。

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2005年12月 5日 (月)

ちば元気ファンド・ファイト!

午前中ひとっ走り木更津へ。その後、とって返して県ネットへ。
本日は、ネットの「ちば元気ファンド」ーー元気な市民事業、市民活動を応援し、その活動資金を助成する2回目の審査の日です。

前回に引き続き、審査員は9名。
13団体がみんなの前で、思い思いにプレゼンテーションしました。(7分プレゼン、3分質議)。時間配分が悪く、言いたいことを言う前に時間切れになるところも・・。
みっちりと声を聞き、その後、ニーズ、先見性、事業の継続性、透明性、発展性など、審査項目にそって真摯な議論を交わしました。
発足したばかりの市民活動は、ピュアーなんだけど、あまり、事業の継続性、発展性などに重きを置いていないことが多く、これは参加団体が事前にプレゼンのスキルを学ぶことも必要かもしれない、という意見もでました。結果は、後ほどネットのホームページに掲載します。

それにしても寒い!写真は、昨日の礼拝の窓際のろうそく二本に灯がともっているところです。

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2005年12月 4日 (日)

金・土・日

金曜日
市原臨時運営委員会。一堂に会してあれこれ熱い議論。
午後も市原であれこれ。
夜は、残土産廃ネットで、長い間お世話になった市原のOさんが奥様の実家の塩原へ引っ越すというので、ほんとにお名残惜しいけど、送別会。

土曜日
えい!休日だ!ということで、養老渓谷へ。
今、養老渓谷はパークアンドライドバス実験中。養老渓谷駅近くの駐車場300円。そこから一日中無料シャトルバスを運行しているという。早速試乗することにする。粟又の滝行きと梅が瀬渓谷行き。(どちらも乗ってみました)
現地では、東京などから来た人に好評。大型バスは満杯!
ちょっと手際の悪いところ、もう少し、細やかな気配りのほしい事などあるけど、モデル事業としては、まずは良しとしましょう。

梅が瀬渓谷の紅葉は、ため息がでるほどきれいでした。

今日は日曜日。
午前の礼拝はアドベント2週目、ろうそく2本。急に冷え込んで、霰もぱらぱら。
午後は、教会関係者も参加して、市原市楽友協会の市民コンサート。
モーツアルトのキリエ・レクイエム・グローリアなんて曲名が並んでいるんだけど、どこから次の曲になったのか、わからない。しくしく。
ちょっとは解説がほしいな、なんて思いつつ、でもいい気持ちでリラックス。(歌詞を見ると、主の祈りやら、使徒信条やら、礼拝の言葉そのまま。仏教でいえば、般若心経や、法華経にメロディがついているようなもの?きっとモーツアルトの熱い想いが歌詞やらメロディやらになっているはず・・??)

さて、夜は原稿を書いたりして、一日は終わりました。
写真は美しい養老渓谷の紅葉。

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2005年12月 1日 (木)

丸洗いしましょう。身も心も

築○十年、ささやかな我が家の外壁を塗り替えることになりました。
地元の業者さんにお願いし、いよいよ決行。
足場を組んだのが火曜日で、あいにくの風の強い日で申し訳ない。
一昨日は、家をまずは「丸洗い」。屋根、壁、窓、雨戸まですっきりときれいに洗われて、こざっぱりとした我が家です。
昨日から、本格的な塗り替え作業に入っています。

ちまたではいろいろな事件が起こりました。
 痛ましい広島の女児殺人事件の犯人が逮捕されました。何とペルー人!無用な在日外国人排斥につながらなければいいけど・・・と気になります。子どもを育てることの困難さも、心に重くのしかかります。

 姉歯設計事務所に端を発した、耐震強度偽装問題はますます被害が増大しています。検査そのものを民間に移譲した時に、こうした事件がおこることは十分予想されたことであり、国の責任は免れないと思われます。
まずは、関係マンション住民の不安を解消すること(こんな問題に対しては、国の責任だってあるのだから、公的支援を惜しんでいる場合ではない)、その後、問題が起こった原因をつきとめて、根本的な制度改革を行うこと。当たり前のことですが、誠実に行うしかありません。

今日から12月。街のクリスマスツリーの灯はともるけど、師走は心も走ります。忙しさも、暮れのやりくりの辛さも増します。
心も、家のように丸洗いできればいいのに、としみじみ思います。

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