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2007年3月29日 (木)

いよいよ本番!告示!

選挙戦というのは、本番までの道のりが遠いもの。はるばると、テクテクと歩き続けて、ついに明日、告示!

私はこの数ヶ月、議会改革を訴え続けてきました。環境、福祉、教育、それぞれに課題山積であり、自分でも関心を持って4年間取り組んできました。一定の成果もあったと、ちょっとは自負してもいます。でも、でも、ほんとに情けないくらい実現できなかったのが議会改革。県議会議員報酬の平成19年度予算は、14億5千万円。報酬月額82万、政務調査費月額40万円(年間領収書もなしに480万円)、その上、開会中は、日当14600円!。これで4年間、、全く発言しなかった議員が17人もいたとなると、税金の無駄遣いでしかない。

常任委員会は録音テープも取っていないから、さだかなことはわからないが、そこで4年間、発言しなかった議員となると、約7割はいるのではないかと思う。中には、4年間、判で押したように、「ご異議ありませんか」・・・「なし!」これだけで4年間すごした議員がいる。それでも地元へ帰れば、それなりに活動した、としゃべっていることだろう、と思うと歯がゆい。

こんな議会を変えたい。県庁組織の縦割り行政の仕組みも変えたい。もっとあったかい血の通った質議のある、生身の人の心の感じられる応酬のある議会にしたい。だから議会の実態を各地で訴え続けた。これからの9日間も訴え続けます。

選挙は、議会にスポットが当たる大きなチャンス。夕張市の議会、なんのチェック機能も果たさなかった。千葉県の議会、果たしてチェック機能を果たしていますか?まして、政策立案なんて、夢のまた夢でしかないのでは?・・・自らにも問いつつ、この数ヶ月、市内各地でハンドマイクや政策カーで訴えました。

選挙近くなると地元市原にいる時間が増えます。これは、はっきり言って、とても、嬉しい。県議会議員になると、どうしても、活動範囲が広がり、なんだか自分だけ遠い所で仕事をしている気分になり、地元で、かってに疎外感を感じていただけに、地元で暖かい声をかけていただけるのは、ほんとに嬉しい。だから、寒い日、風の日のきつい外歩きも結構幸せな気分でやってこられました。

暮らしの根っこは、まず身近なご近所の中にあります。自然、街、付近の人たちの日常的な悩み、まちづくりの活動、たわいもない会話。こんなことが、即、大きな県、国の仕組みにつながっていることを再認識しながら、ご近所の方々と話し込むことを、数ヶ月、繰り返してきた私です。

だから、私自身は、なんだか、寂しい空っぽになっていた心が、ずっしりとあったかい想いで詰まってきたような「嬉しさ」を実感しています。たくさんの方の励ましをいただきながら、明日の出陣式を迎えます。多くの方から寄せられる「期待」は、私に課せられた今後の宿題でもあります。「期待という重い想い」を鞍に乗せた駄馬が、ゲートに入ります。駄馬もおだてりゃ木に登る。(がんばります!)

ホームページはしばらくお休みになります。そこで一枚。大野博美さんと「法定ビラ」のチラシ作成の相談中「○○党のわがまま、意のまま、なすがまま」というキャッチフレーズを口ずさみました。そして、ついでに「なすがママなら、きゅうりがパパよ」と言って、元気にプツンと電話を切りました。「へ?」と鈍い私は、ポカン・・・すぐ気づいて大笑い。さっそくお絵かきです。久しぶりのばかばかしいお絵かき。

(法定ビラというのは、唯一、告示後に配ってもいいチラシです。候補者の名前や、候補者をイメージするイラストもいけない、というわけのわからないビラですが、唯一配布を許されているビラなので、結構、力を入れて作成します。「告示後は個人を特定できるチラシは一切まかりならん」というくだらない縛りは、何とかならんのか!公職選挙法!また、一般市民の皆さん、告示後に堂々と名前の入ったチラシが配布されたら、それは違反チラシですよ。くれぐれもご注意!)

なすがママなら、きゅうりがパパよ。産まれたこどもは空っぽおつむのピーマンちゃん。それでも仲良し野菜の家族!Save0017_2

2007年3月25日 (日)

能登沖地震!

昨夜から、断続的に強い雨と風。寒くはないけど、変なよう気。

井上さんと街宣車に乗って、五井方面。お昼近く、娘からケータイ電話。「お母さん、能登が大変だよ。連絡取れた?」「え?」

何と、輪島沖で震度6強の地震!実家に電話するも、回線は、パンク状態でかからない。金沢の妹にも、七尾の夫の実家も電話がかからない・・・(七尾は震度6強)。一旦家に帰り、テレビで情報収集。故郷珠洲市は震度5強。一人暮らしの母が心配です・・・。「171」につなぐと、被災地と回線がつながるというけど、老いた母にそんな気の聞いたことができるわけもない・・・。

夜、やっと妹と連絡がついて、母は無事だとわかりました。地震直後、すぐに近くのMさんが駆けつけてくださり、二人で、「やれやれ」ということで、いっしょに散らし寿司と食べた、そうです。二階のタンスが倒れたけど、それは、夕方兄夫婦が来て、直してくれたそうです。あ~よかった、ほんとによかった・・・!

「いかな、ひっどい地震やったぞいね!」と力をこめて話す母の声は元気そうでホッとしました。かくて、激動の一日が暮れてゆきます。写真は、インターネットから拝借した輪島の被災地の状況。死者1名、怪我をした方々が100人以上、と聞くと、胸が痛みます。2007032500000112yomsocithum001

議会改革!

早朝の駅頭での街宣から始まり、日中の街宣も人手がなくて、運転手さんと私だけ、ということがしばしば。私は、人家が見える限り、ずっとしゃべっている。

時に、マイクをもったまま、どうやら、寝ているらしい。運転中の井上さんが、「あれ?ちょっとパワーが落ちてきたな」と思ってふと見ると私が、こっくり、こっくりしながらしゃべっているのだと言う。でも、話している内容は、変なことを言ってはいない、とのこと。声を張り上げると、時に、脳みそが酸欠状態になるのだと思う。しかし、寝てても何とかしゃべっているというのは、もはや,特異体質かも・・・・。

さて、帰宅後ぼろぼろになって、でも気持ちの切り替え、としてお風呂や寝床で、本を読む。

リラックスするために、しっとりと藤沢周平の短編集「花のあと」。

面白かったのは、中央公論4月号の鳥取県知事片山善博氏の<「改革派知事」という幻想>。

改革派知事待望は水戸黄門幻想だ。分権自治の根源は議会にある。地方自治の後退を防ぐには地域住民の意識改革こそが必要だ、という内容。片山さんが鳥取県政に持ち込んだのは「常識」「正常化」だったという。行政の隠蔽体質を改革し、情報公開を徹底させした。異論反論を出し合い、結論にたどり着く、こんな当たり前のことを周知するのが、知事としての仕事だったという。

一部で決めて、結論を住民に押し付ける、こんな手法が、千葉県でも未だ健在だ。ともかく、公開、公開、オープンな議論。

なんでも公開して県民をまきこんで議論したんでは、議会の存在意義がなくなる、というなら、その程度の議会なんてなくなったほうがいい、・・というのは、片山さんでなく、私の持論。議会を変えよう!議員同士、活発な議論のできる議会にしよう。政務調査費、もっと活用しよう。どんどん調査し、活用し、執行部もたじたじにしよう。議会で議論されるのは、大切な税金の使い道についてである。だったら、その税金を使って報酬をもらっている議員が、勉強するのは当たり前。議会は生まれ変わろう!・・・各地で訴えながら、自分にも言い聞かせている。

写真は、マンガチラシの中ページ。でで~んと、大きく。左ページと右ページ。Save0015

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2007年3月21日 (水)

じゃ~ん!たまごっち!

な、な、なんと、現れ出でましたる巨大真っ赤なたまごっち。ネット事務所に鎮座まします、この物体は・・・何もの!Cimg1962

さて、その正体は、くるっと振り向くと「だるまさん」です!必勝だるま!よくテレビなどのバンザイ場面に出てくるあのだるまさんです。実は、ある方のご好意で、縁起物のだるまさんが、わが事務所に来ることになりました。その片目は、これまた、別のある方が、ネットの仲間達が見守る中、一眼入魂、必勝の想いをこめて、入れてくださいました。

でかい!赤い!元気なパワーいっぱい!事務所がぱーっと明るくなります。思わず、まじめにツーショット。Cimg1960

見れば見るほどラブリーで、ついフニャーッとして、スリスリ。「可愛いー!」Cimg1961

日中は五井ヨーカードー前で街宣。・・・市内各地での街宣。知人に会ったり。かくて春分の日も過ぎていきます。市原は広い!その声はとても市域全部に届けることはできませんが、でも、今日も明日も、議会のこと、市原の課題、訴えていきます。

2007年3月18日 (日)

緑区!

昨日、一日中叫び続けた後遺症が残って、本日はちょっとお疲れ。でも、ちはら台から瀬又、誉田のあたりを街宣。誉田では川本さんと合流。緑区の状況も気になります。

何たって、執行猶予中の元県議が出馬表明をしている緑区です。だれが、本気で議会改革をしてくれるのか、緑区の市民には、しっかりみきわめてほしい、と声を大にして訴えてきました。叫んでいる時は、元気なのですが、街宣車を緑区のネットに引き渡すと、とたんに、疲れが、どっ!

平成通りにおいしい本場インド料理のお店があります。(DEWANデュワン)と言います。びっくりの大きさのナンもおいしく、もちろんカレーは絶品。夫と二人、たらふく堪能しました。写真はホームページから拝借したナン。このでかさで、280円。Dsc00074_1 その後は事務所で、あれこれ夜まで作業。

石川県志賀原発で信じられない事故隠しが発覚し、新聞記事を読んで鳥肌が立ちました。何気ない暮らしの足元の砂がザーッと引いていくような怖さです。・・・・それでも、一日一日が過ぎていきます。

2007年3月17日 (土)

あれこれ、雑然と

夏休みの日記じゃないけど、サボり癖がついて、溜めるとわけがわかんなくなる。

連日、朝は駅頭街宣、日中は、連日桜台をテクテク。寒い日もあるが沈丁花の花の香りがあたりに満ちて、結構幸せな気分。

それにあちこちで個性的なワンちゃんに会う。ほえられることが多いのだが、番犬とはほど遠い陽気で人懐っこいワンちゃんにも会う。眼がハートマークになったワンちゃんに会うと、「しょうがないなー」なんて言いながら、つい仰向けに転がしたりして、遊んでしまう。犬だって、日中は暇なもんだから、遊んでくれるおばさんは、お客様。「へっ、へッ」と舌をだしながら、自ら転がったり、足元にじゃれついたり・・ついサービス精神を発揮して5分近くもワンちゃんと遊んでしまうと、ふと我に返って、自己嫌悪。「私って、何をしてんでしょ、まったく!」

14日は、千葉大の小林正弥先生を呼びかけ人代表とする「福嶋浩彦さんを参院選に送り出す会」メンバーと福嶋さん担ぎ出しの要請後の記者会見。365歩のマーチならぬ、365人の賛同人の名簿を持参しての記者会見である。小林先生は「平和への大結集」の共同代表の一人でもある。

昨今、安倍総理が、きっぱり任期中の改憲を宣言するこの頃、今、やるべきことは、県議選と平行して、国政にも、しっかり「9条」を守ってくれる候補者を送り出すこと。その候補者として、われらが信頼する福嶋さんを担ぎ出そうと、と一同でもくろんだわけである。

鳥取の知事候補として、民主党が出馬要請をしているという新聞記事を読んだときには、肝を冷やしたけど、でも、福嶋さんが断ったという記事を読んで、何はともあれ、ほっとして、当日の会見となったわけです。事前の福嶋さんとの話しあいでは、はっきりしたお返事をもらったわけではないけど、あきらめるわけには行きません。

でも、目前の県議選もあるし・・・悩ましいところです。本日は、一日中、街宣車に乗ってしゃべる、降りてしゃべる、また乗ってしゃべる・・・。お腹から声を出すので、結構疲れます。しっかり議会改革(できなかった)顛末を訴えました。

さて、写真は、今皆さんに配布している私のイラスト満載のチラシです。4年間のあれこれの機会に描きためたカットの中のほんの一部ですが、ともかく、楽しんでいただこう、と作ったもの。その表紙です。ご覧ください。Save0014

2007年3月10日 (土)

帰って来~い~ょ~♪

さて、昨日は議会最終日でした。朝から代表者会議、議会運営委員会、そして午後の議案採決。吉川さんが突然、人事案件で質疑をしたい、ということで朝からどたばた。(準備不足で吉川さん質疑は中途半端に終わった)

私は、議会規則・条例を見直す初議案2件について、反対討論。

本来は、地方自治法改正に伴って、地方議会も地方分権時代の議会にふさわしく、自ら政策立案能力を高め、議員同士の議論を活発に行い、知事と車の両輪として県政運営を行うべきご時勢です。だからこそ、千葉県議会の規則もみなおすべきだったのに、わずかな文言の修正だけで、お茶を濁そうという了見が気に入らず、反対。「しっかり改選後に、検討委員会を設けるべき、そのための申し送りは記録に残すべき」と員外委員は口々に主張したけど、でもうやむやのまま、例によって、正式メンバーが採択してしまって、議論は流れてしまった、そのことに対する抗議、反対をしたわけである。

今「変えなきゃ!県議会」というキャンペーンが繰り広げられ、全国各地で賛同者が続々と集まっている。私たちももちろん加わっている。

三重県は議会発議で議会基本条例を作った。熱い想いが伝わってくる条例である。今後は、競うように各地で議会改革が進むことと思う。

では、わが千葉県は?残念ながら、関東のなかで、委員会の逐語記録がないのは、千葉県だけ。「全国でも4県だけ」と街頭で話していたら、なんと愛媛から、録音記録はある、と新聞社に抗議がきたそうな。

これで、逐一記録がないのは、和歌山、岡山、千葉だけになった。さあ、ビリはどこになるかな?

何たって千葉県は、男女共同参画条例に関しては、「ない」とおうことで、だんとつビリを誇っている。今度は、録音記録を取る予算さえとれない貧乏県として、勇名を馳せることになる。すごい!

いっそ、観光バスが立ち寄って、「ここが、かの有名な、ダブル・ビリの千葉県議会です」と、なれば、それはそれで、デスティネーション・キャンペーン名所になるかもしれない。

さて、4年間の議会での活動もこれで終わりです。いよいよ選挙モード全開となります。卒業式のように19人の勇退議員も交えて、地下の食堂で懇親会。こうして写真に写ると、まるで、パーティ会場のようでしょ?Cimg1957

そして、一切を片付け終わった会派控え室で最後の記念写真。社民・ネットの担当としてあれこれ手配していただいた小林さんもいっしょに一枚パチリ。Cimg1959

この部屋にもどってこられるよう、これから、全力で頑張ります。♪帰って来ーいぃ~よ~♪

2007年3月 5日 (月)

春のおお風

春一番、というと、何だか嬉しくなるけど、極端な天候が当たり前になりつつある今日この頃、変な大風の日。千葉はそれほどでもないけど、各地で突風が吹き荒れ、車の横転が相次いだという夕方のニュース。夜になって、雨も激しくなってきました。

何はともあれ、千葉県議会は本日予算委員会の最終日。本日は、明日の常任委員会に備え、私も聞き取りやら、取材やらで、一日、議会の控え室。

予算委員である博美さんは、三日目の本日も、ラストスパート。すごいのなんのって!春一番どころじゃない春の嵐です。良かったら、県議会のホームページで予算委員会の状況をパソコンで見たり、聴いたりできますので、どうぞ。本日は、酒々井インターチェンジと印旛沼の浄化に関する質問。質問時間は短いはずだけど、たっぷり30分はしゃべったのではないかと錯覚するほどのボリューム感たっぷりの質疑です。

本日の一枚は、一枚ならぬ四枚のお話。「ポスターを貼ってもいいよ」といってくださったMさん。お屋敷は広く、塀も広い。うちの仲間が持っていった薄いボードではだめだ、と言って、自ら作ってくださったのがこのボード。4枚連ちゃんでポスターが並ぶと、びっくり壮観です。思わず、記念写真を撮る私。Cimg1950_4 ありがとうございます。Mさん。  

2007年3月 4日 (日)

いきなりガス欠

続きを書きます、と言ってから、数日立ちました。しかし、さすがに疲れがたまってきたのか、夕方になると、いきなりガス欠状態になります。そこで、本日は、写真とカットだけ。

まずは、3月の新チラシ用のカット。議会改革を求める「請願」に対する議会運営委員会の状況のカット。ちょっと楽しんで描きました。Save0011 3月2日の朝日の朝刊、夕張の赤字を見逃した「戦犯」は議会である、として「もう、議会はいらねえ」というタイトルが身にしみます。ほんとに、議論もできない、自らの改革もできない議会なら、ただの税金の無駄遣い、「いらねえ」と言いたくなります。でも、気を取り直して、改革していかなきゃね。

お次は、3月3日がお誕生日という、何とも女の子チックなわがネットの代表、美子さんの娘さんが作ってくれた素敵なハートのケースに入ったお菓子、そして、チラシ寿司、なんとメッセージカードまで。「いつも働いてばかりのお母さんありがとう」・・・この親にして、この子あり。ワイワイ盛り上がって、一枚パチリCimg1954

そして本日は、川本さんの選挙に向けてのスタートの会の模様。60人を越える大勢の方が集まってくださいました。がんばれ!川本さん、「がまんできない市民の会」の手作りの旗があったかい!Img_0223

室内でハッパをかける私Img_0225

その後の土気駅で街宣中の私。ともかく走り出した緑区のメンバー、がんばってください!Img_0230

2007年3月 2日 (金)

走れ・枕の友子

連日、朝の駅宣が続いている。時々、ちょっと眠い。昼は街宣。夜は原稿書き・・・これでも結構大変。

3月1日は、栢橋のエヌ・ティー・エルが砂利採取を始めたということで、井村さん、井上さん、栢橋のお二人、担当職員と事業所社長おん自らのご案内役で現場見学。

「同じ間違いは繰り返さないのが人ですよ。」と、何だかやけに人当たりのいい社長の弁。同じ間違いを繰り返さないように「ばれない」ようにやるのか、「正しく」やるのかは、今後の経過を見ないとわからない。

それにしても、採取場面積21ha、掘削面積12ha、197万m3は、でかい!羽田沖埋め立てを視野に入れての計画とのことだが、突貫工事でまたもや、崩落なんてことにならないよう、しっかり監視をしなければならない。30ha以上だとアセスの対象になるから、敵もさるもの、引っかくもの。そつなく21haに抑えている。分割して別会社にして事業をしようと、そのエリアの事業所を合算してアセスの対象にできないのなら、ザル法としかおもえない。う~ん・・・。

写真は見納めになる眺望。一年後は、おそらくむき出しの荒野になっている。Cimg1947

丹原林道沿いに立ち、事業所の裏出口付近を一枚、パチリ。Cimg1938 つるんと地肌の出ている小山の部分も、今後掘削されます。又現地を見に来なければ・・・。(ため息が出ます。)

その後の記録は、また明日・・・・眠い・・・。

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